足しても引いても私は私

 

 

いろんなことを整理しながら、

つくづく、引き算ってめんどくさいって思う。

 

引いてるはずなのに、まだ残っているという感覚。

これ、残尿感のようなもので、なかなかに気持ちが悪い。

 

だから、もっとなにかマイナスしたくなる。

マイナスマイナスして、自分ごと消えてまえー!と思うこともある。

 

 

ただ、これまで足してきた自分というのが過去にある。

あいつはなんだったんだ。

なんであんなに、のうのうと生きてたのだ。

 

足すことと引くこと。

その本質を辿ったところで、

それは、自分の目の前を、さまざまなものが行き来してるのを眺めているということ。

 

自分に足されてるつもりでも、

実は足されてなかった。

自分から引いてるつもりでも、

ただ物が近くから遠くへ移動しただけ。

 

私の総量はいつだって変わってなかったはずなのに、

 

すごいものを近くに備えることで、

偉くなったような気がしてたり、

重たいものを遠くに追いやっただけで、

身軽になったような気がしてただけなのよね。

 

つまり、物と自分自身とが混同して

自分の大きさを明らかにできない。

おい私、お前はいつだってちっぽけなのだ。

 

 

この、物という物のなかで、

一番面倒なのが、異性の人物。

 

その人が近くにいようと遠くにいようと、

私自身の大きさや大切さは変わらない。

良くも悪くも、増えない。減らない。綺麗にならない、ブスにもならない。

 

 

だからもっと、平然としてていい。

のんびりして、ぼやぁっとして。

空間にある物たちを眺めてていい。

 

そいつらは、自分に価値を与えてもくれなければ

危害も加えない。

 

極めてニュートラルな物だから。

 

それなのにどうして、こうも心が揺れ動くのか。

 

 

 

Lily

 

 

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